自転車博物館サイクルセンター

イベント参加型の自転車博物館

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フロアガイド

自転車の発展史を5つの段階に分けて学ぶことができます。

地面を蹴った
1818年 「ドライジーネ」

2つの車輪にサドルとハンドルだけの、木製の自転車。またがって足で地面をけって走りました。

地面から足が離れた
1861年 「ミショー型ボーンシェーカー」

ペダルを回してこぐ"速い"自転車の登場。 ペダルの位置と仕組みに注目! そして、いよいよ大量生産の時代へ。

より早く
1880年頃 「オーディナリー」

より速く走るために前輪が巨大化。しかし、乗り降りが難しく、とても危険でした。

より安全に
1885年 「セイフティバイシクル」

前輪と後輪が同じ大きさになり、安全に速く走ることができるようになりました。

より快適に
20世紀 「コンフォートバイク」

コンピュータも組み込まれ、変速機やライトが自動化されるなど、誰もがより快適に乗れる自転車が増えています 。

堺伝統の"鍛冶"の技術は、自転車の部品づくりや、完成車の製造へと向けられ、今や日本一、世界に誇る「自転車のまち」を生み出しました。その歩みをぜひ子供たちに教えてあげてください。

1. 古墳時代に起源がある、堺の"鍛冶"技術
堺には、仁徳天皇陵をはじめ多くの古墳があります。古墳をつくるには優れた鉄の加工技術(鍛冶技術)が必要だったため、多くの鍛冶職人が住むようになり、堺は「ものづくりのまち」として発展します。鍛冶職人たちの技術は、やがて刀や包丁をつくる"刃物鍛冶"に力を発揮しました。

2. 戦国時代、日本で初めて"鉄砲"を大量生産
16世紀なかば、鉄砲がヨーロッパから種子島に伝わったことを知った「堺の商人」たちは、堺の"刃物鍛冶"の職人たちに"鉄砲"をつくらせました。戦いのために鉄砲を必要とした戦国武将たちを相手に、日本で初めて鉄砲を大量生産したのが堺だったのです。以来、堺は「鉄砲づくりのまち」として知られてきました。

3. 明治時代、"自転車修理"に役立った鉄砲鍛冶の技術
明治の初期、日本に初めて"自転車"が輸入されました。自転車の普及とともに、それを修繕してくれるところが必要になり、堺の"鉄砲鍛冶"の技術が役立ったのです。

4. 「健康」「環境保全」という21世紀社会の課題のために…
人力をエンジンとする自転車は、健康増進に役立つことはもちろん、環境負荷が非常に少ない乗り物です。優れた自転車技術を活かし、誰もが安全・快適に走れる自転車を提供することが堺の新しい使命なのではないでしょうか。

DVD「『夢』、自転車。(自転車の誕生とその歩み)」(12分)で、展示されている自転車が実際に動く様子などを見ることができます。

※団体で視聴されたい方は1階多目的ホールでもご覧いただけます。

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